このブログでフィリピンの大統領を紹介した記事が増えてきました。
フィリピンには現在までに大統領が16人しかいないので覚えるのが簡単です。対して日本の歴代内閣総理大臣は63人います。高校生の時にひと通り勉強したはずですが、調べてみると名前すらわからない人がたくさんいました。
今回はフィリピンの歴代大統領について、歴史や任期、選挙方法、日本との比較など、いろいろご紹介します。
フィリピンの歴代大統領
- 初代エミリオ・アギナルド
- 1897年11月2日~1897年12月27日、1899年1月23日~1901年3月23日
- ビアクナバト共和国、フィリピン第一共和国(マロロス共和国)
- 第2代マニュエル・ケソン
- 1935年11月15日~1941年、1941年~1944年8月1日
- フィリピン自治領(コモンウェルス)
- 第3代ホセ・ラウレル
- 1943年10月14日~1945年8月17日
- フィリピン第二共和国
- 第4代セルヒオ・オスメニャ
- 1944年8月1日~1946年5月28日
- 第5代マニュエル・ロハス
- 1946年5月28日~1946年7月4日、1946年7月4日~1948年4月15日
- フィリピン第三共和国
- 第6代エルピディオ・キリノ
- 1948年4月15日~1953年12月29日
- 第7代ラモン・マグサイサイ
- 1953年12月30日~1957年3月17日
- 第8代カルロス・ガルシア
- 1957年3月17日~1961年12月29日
- 第9代ディオスダド・マカパガル
- 1961年12月30日~1965年12月29日
- 第10代フェルディナンド・マルコス
- 1965年12月30日~1969年、1969年~1978年、1978年~1981年、1981年~1986年2月26日
- 第11代コラソン・アキノ
- 1986年2月25日~1992年6月29日
- 第12代フィデル・ラモス
- 1992年6月30日~1998年6月29日
- 第13代ジョセフ・エストラダ
- 1998年6月30日~2001年1月20日
- 第14代グロリア・マカパガル・アロヨ
- 2001年1月20日~2004年6月29日、2004年6月30日~2010年6月29日
- 第15代ベニグノ・アキノ3世
- 2010年6月30日~2016年6月30日
- 第16代ロドリゴ・ドゥテルテ
- 2016年6月30日~
初代エミリオ・アギナルドの最初の任期はスペインとの独立戦争中でした。ビアクナバト共和国を樹立し、自ら大統領を名乗りますが、翌月には亡命します。その後、スペインから独立、フィリピン第一共和国(マロロス共和国)の初代大統領になるも、米比戦争に敗れアメリカの植民地になります。
第2代マニュエル・ケソンは30年以上後、アメリカの植民地下のフィリピン自治領(コモンウェルス)の大統領になりました。
第3代ホセ・ラウレルは、日本軍政下でフィリピン第二共和国の大統領になります。政府が2つあったため、第2代、第4代と時期が被っています。
第5代マニュエル・ロハスはフィリピンの独立後(フィリピン第三共和国)初の大統領で、”今のフィリピン”の初代大統領とも言われます。
第10代フェルディナンド・マルコスの独裁以降、憲法が改正されフィリピンの大統領制度は大きく変わりました。
日本の歴代内閣総理大臣との比較
日本 | フィリピン | |
創設 | 1885年12月22日 | 1898年11月2日 |
人数 | 63人 | 16人 |
最短 | 54日 | 666日 |
最長 | 3,188日(約9年) | 7,364日(約20年) |
任期 | 4年 | 6年 |
日本の内閣総理大臣は1885年12月22日創設、フィリピンの大統領は1898年11月2日創設と、どちらも近いです。菅義偉首相までに総理大臣は63人もいますが、大統領は16人しかいません。そのうち2人が女性という点も日本との大きな違いですね。
総理大臣は再選する度に代が変わります。伊藤博文は初代、第5、7、10代、安倍晋三は第90、96、97、98代です。
在職日数を見ると、総理大臣が明らかに短いです。最短の東久邇宮稔彦王は54日、短命ランキング10位でも189日です。2006年の安倍晋三から2012年の野田佳彦まで、6人が1年程度でした。
フィリピンの短命は、第二次世界大戦前後のホセ・ラウレル、セルヒオ・オスメニャ、マニュエル・ロハスの3人が約2年でした。
通算の最長は安倍晋三首相の3,188日。フィリピンではマルコスの独裁が約20年でした。これ以降フィリピンでは大統領の任期は6年、再選禁止になっています。
総理大臣に任期はありませんが、衆議院議員の任期が4年で再選が可能です。ただ、衆議院はすぐ解散するので、歴代の総理大臣を見ても4年いっぱい務めた人はいませんでした。衆議院の任期満了自体が1976年のみで、その間に田中角栄から三木武夫に変わっています。(衆議院解散-Wikipedia)
フィリピン大統領の支持率
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所に純満足度の折れ線グラフがあります。
フィリピンでは前の大統領の不正や汚職が発覚し支持率を下げ、新しい大統領が当選するというパターンが続いていました。選挙でも、前大統領を批判して支持を得るというやり方が多いです。
現時点でドゥテルテ大統領の支持率は高いままです。このまま大統領の再選を可能にしようという動きもありますが、どうなるのでしょうか。
逮捕されたフィリピン大統領
フィリピンの大統領を調べていると、何かしらで逮捕された人が多いことに気づきました。それぞれ整理してみます。
- エミリオ・アギナルド 第二次世界大戦中に対日協力者として逮捕、恩赦
- ホセ・ラウレル 第二次世界大戦の戦犯、大戦中の協力による132件の反逆罪、恩赦
- フェルディナンド・マルコス 大統領就任前に暗殺容疑で逮捕、無罪 在任中に亡命
- ジョセフ・エストラダ 不正蓄財疑惑で弾劾、退任 その後逮捕、終身刑になるも恩赦
- グロリア・マカパガル・アロヨ 選挙法違反容疑で逮捕、公金の不正流用疑惑で再逮捕、無罪
- ロドリゴ・ドゥテルテ 10代の頃度々刑務所に出入り
どういうわけか、全員が無罪か恩赦になっていますね。汚職は次の大統領候補の支持率獲得のために利用されるだけです。エストラダはその後マニラ市長に、アロヨは下院議員になっています。
終身刑になった人がマニラ市長になるなんて信じられないですね
本当に追放されたのはハワイに亡命したマルコスだけ
マルコスはドゥテルテによって英雄墓地に埋葬されていますよ
ドゥテルテだけは殺人が確定です
そのドゥテルテの支持率が1番高く、今でも90%を超えています
フィリピンの大統領選挙
フィリピンの大統領は国民の直接選挙によって選ばれます。投票率は高く、2016年の大統領選挙は80%を超えていました。副大統領も直接選挙なので、正副大統領の政党が違うこともあります。
選挙期間中は街中にポスターが貼られ、いろんな場所で演説をしたり、選挙カーが走ったりなどのキャンペーン(運動)があります。
また、リカーバン(Liquor Ban)と言って、投票日の前日からお酒の販売や飲酒が禁止になります。2016年5月8日の写真がありました。
懐かしい!
5月7日にコンビニの前で飲んでいて、日付が変わった瞬間買えなくなりました
2021年2月、セブではコロナ禍でリカーバンが再開、継続中です
まとめ
フィリピンの大統領は16人しかいませんが、全員個性があっておもしろいです。汚職にまみれた大統領、汚職は絶対に許さないという清廉潔白な聖人、犯罪者は殺してもいいというドゥテルテ。
ドゥテルテの個性が強すぎますね。任期は2022年までですが、次の大統領はどんな人でしょうか。
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